あくる日、実験水槽の周辺には厳重な警戒と監視体制が敷かれた。

特殊海洋生物の知的レベルと未知の文明に対する適用能力を測るのため、彼らが未だ持ち得ないであろうツールを与えてみる実験を行うのである。
直接武器としての使用がしにくいものでありながら、使い方では強力な武器になりうるスマートフォンを敢えて一部機能を壊した状態で実験槽に投入してみる。

「・・・壊しちゃ使えんだろ」

「修理するか改造するかを見せてもらうのよ。でも、通信機能は使えないわね。どの道この強化水槽の中じゃ
問題はまずあれに興味を示すか・何と認識するか・そして使い方を学習するか、そしてどうするのか・・・」

タコは何の迷いもなく水中でスマートフォンをキャッチすると複数の吸盤をまるで聴診器のように当て、まさぐり始めた。

別室でモニターに見入る一同が言葉も出ない中、天河が指示を出した。

「足・・・いや、手のアップ!」

「え?手って?」

「スマホ足で持つ馬鹿いないでしょ!とりあえずスマホ持ってるところが手よ」

ズームされた映像を見た一同は更に言葉を失った。

「決まりね。あの繊維状の無数の触手で細かい作業をしたんだわ」

尚も一同が見守る中、タコはスマートフォンの電源とバックライトの機能を復元し水槽の外に向かって不規則に点滅させ始めた。

「通信機であることを認識したんだわ。あのツールの基本的概要をこの短時間で」

「モールス信号のつもりか・・・?」

「わかりますか?何を言ってきているのか」

「わかるわけないでしょ、モールス信号なんて使ったことないもん
どうなの?軍隊屋さん」

「我々が使っているものとは別な法則のようだし、もともと我々との共通言語まで習得しているとは考えられない・・・
が、こんなコミニュケーション方法を知っているとしたら、あるいは・・・」

「でも学習はどこでしたのかしら。
いくら脳が発達したって道具、ましてや機械を使うには学習が必要でしょ?
むしろそれを使うために触手が発達し、個体そのものの形も変化したって考えるのが自然だわ」

「まず道具ありきの進化か・・・まさに理想的な生物兵器だな。しかし人為的に作られたにしては気の長い話じゃないか?」

「しかもそれが今や世界中に分布しているとなれば、進化の原点はかなり遠い昔までさかのぼる事に・・・・#イラッ」

天河は話半ばで、水槽からパッシングを続けるタコを睨みつけた。

「いいかげんチラチラうるさいんだけど。
わかんないんなら止めさせてくんない!」

「録画は続けてくれないか。これを元に彼らの言語を解析できるかもしれない
もはや人類規模の問題だ、録画のコピーは国防隊の情報解析部に渡して頂きますよ」

「上の承諾が出るまでは持ち出さないでよね。
こっちにはこっちの飼い主がいるんだからさ、役人相手の話だから時間はかかるわよ」

「でもこの場でなら情報のシェアは自由ですよね。
生崎さん、見た以上解析手伝ってもらいますよ」

「チッ・・・どんどん権益の壁がこわれていきやんの・・・
ねぇ!皮膚細胞の解析データはこっちの管轄だかんね!その資料はこっちにちょうだいよ〜!」

天河の激がむなしく飛ぶ。

実験槽の中ではツールを回収しようとするロボットアームとタコが、スマートフォンの引っぱりあいをしている。