「はぁ?逃げただぁ!」
ペンギンは職員が目を離したすきに姿を消していた。
まだキズもろくに治癒していないどころか
食事も満足にとってない状態で失踪したのだ。
手負いでも凶暴な動物であることは変わらない。
再び警察に応援を請いつつ、後を追うことにした。
しかし尋橘は急に立ち止まり、
「・・・ちょっともしかしたら、いやなんてゆうか・・・
悪い!先に行っててくれ」
そう言うと一人で走りだして行ってしまった。
公園の大きな木。
その枝に葉っぱで隠すように服が干してある。
尋橘はそれを見上げる。
「ここにいたか・・・。おい!いるんだろ?
お前、おかしなペンギンともめたんだってなぁ」
すると葉っぱの影から黒い生き物が顔を覗かせた。
「なにも叱ろうってんじゃねぇんだ。
あいつちょっとこっちでも手を焼いててよぉ。
知ってることがあったら教えてほしいんだよ」
すると黒い生き物はさっと顔を隠し、干してある洗濯物をサッと引き込むと
モゾモゾ葉を揺らしながら木から降りてきた。
「なんて格好してんだよ、おい」
すると黒い生き物は顔から付け髭を取った。
「おいおいあのペンギンとそんなに勢いよくやりあったのかよ、
キズだらけじゃねぇか。診せてみろ」
するとこぞぅは外した付け髭を再び顔にあてて隠す。
「あのペンギンにも手当してやったんだ。なのに消えちまってよぉ、
だからまたあいつに襲われるかもしれねぇから。
だからお前もそのまんまってわけにいかねぇだろ」
そう嗜めるとベンチにこぞぅ座らせ、尋橘はポケットから薬やら絆創膏やらを取り出した。
「仔ブタがよぉ、近頃太ってきてな。お前に追いかけ回されてた頃と違って目つきもすっかり丸くなってきてよぉ・・・」
尋橘が他愛もない話を始めるとこぞぅは冷たくジロリと睨む。
「わ、わかったよ・・・あのペンギンなぁ、どうもそこらで飼育されてたのが逃げ出したようなもんでもないらしいんだ。
他の連中は裏ルートで密輸された珍獣の類じゃないかって言ってんだが、あそこまで獰猛だとペットにもならんだろうに」
こぞぅも猫やカラスと食べ物や縄張りを争ってケンカになることもよくあるが、あのペンギンにはそれらとは違う別のなにか心得た”戦い方”のようなものを感じていた。
密輸されたというのなら、どこかの国で訓練された生物兵器か?
しかしそんなものならあんなおおっぴらに街なかで騒ぎを起こしたら、すぐに怪しげな組織が駆けつけるだろうし。
それ以前にこぞぅが何匹がかりで挑んだところでかなうわけがない。
あのペンギンは何かに迷っているのか、何かを探しているのか。
「ホラ、見えるところは全部手当したが他に痛むところはねぇか?
・・・にしても髪が随分のびたな、切ってやるからあとでうちに来いよ」
するとこぞぅは斧を取り出す。
が、一瞬なにを思ったかすぐにそれをしまい
かわりに包丁を取り出すと、片手で自分の髪をわし掴みしてバサバサと切り始めた。
「なんだよまた物騒なもの持ち出したな。今のなんだ?拾ったのか?」
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気付けば昼の日差しが傾き始めていた。
「んじゃ俺は仕事に戻るわ。・・・なぁ、お前さんは自由なやつだから帰ってこいとは言わねぇが、たまには飯でも喰いに顔出せよ」
そう言い残すと尋橘は帰って行った。